あらすじ・内容紹介
情報を「正しく」伝えるとは、どういうことでしょうか。本書『符号理論の最高施設』は、この問いを数学の言葉で解きほぐす一冊です。私たちの通信路はどこも汚れています。空気は雑音を運び、光ファイバーは光子を取りこぼし、宇宙線はビットを裏返します。にもかかわらず、私たちは傷だらけのディスクから狂いのない音楽を聴き、彼方の探査機から鮮明な写真を受け取ります。誤りは起きている。それを受け手が、問い合わせることなく自力で見つけ、直しているのです。
この魔法のような芸当を可能にする原理は、驚くほど単純です。「使ってよい言葉を、互いに十分遠ざけて選んでおく」。どの二つの言葉も十分に違うように辞書を作れば、多少の聞き間違いは最も近い言葉へ引き戻して復元できます。この「遠ざける」を測る物差しがハミング距離であり、「引き戻す」手続きが復号です。本書の全編は、突き詰めればこの一文の展開にほかなりません。
単純な原理は、たちまち深いところへ潜ってゆきます。言葉をたくさん詰め込む問題は球充填となり、効率よく作り直すために符号は有限体上の部分空間となり(線形符号)、多項式環のイデアルとなり(巡回符号)、代数曲線上の関数の値の並びとなります(代数幾何符号)。そして「どこまで詰め込めるのか」の究極の答えを、シャノンの通信路符号化定理が与えます。本書はさらに、量子符号やCSS構成という最前線までを見晴らします。
本書では、ハミング符号やリード゠ソロモン符号といった名高い符号を、ただ天下りに与えるのではなく、「なぜその形が最適なのか」を距離と次元のせめぎ合いから導きます。特異点限界やギルバート゠ヴァルシャモフ限界といった評価、誤り訂正能力と最小距離の関係、シンドローム復号の手続きは、小さな具体例で手を動かしながら確かめられます。前提となる有限体の理論も本書の中で整え、証明は方針を先に示して自己完結させました。
符号理論は、抽象代数がそのまま技術になる稀有な分野です。有限体・多項式・イデアル・群・確率・代数曲線が、CDのプレーヤーや通信チップの上で、現実に毎秒何億回と動いています。純粋数学の美しさが世界を支えるその手応えを、行間を残さぬ証明とともに味わっていただければ幸いです。