あらすじ・内容紹介
「視覚は世界に触れる」
知覚はなぜ、著名な哲学者たちによって繰り返し考察されてきたのか。それは、知覚が哲学のもっとも根本的な問いーー私たちはそもそも世界を知ることができるのかーーと直結しているからである。眼に見え、耳に聞こえ、手で触れるものが、世界についての私たちの信念の出発点だ。だとすれば、知覚そのものが信頼できるかどうかは、世界についての知識全体の足場にかかわる問いとなる。デカルト以来の近代哲学、そして分析哲学の主流においても、知覚は世界の間接的な表象として捉えられてきた。私たちが直接知覚するのは世界そのものではなく、心の中に生じた像や表象にすぎない、と。『視覚哲学の冒険ーー意識・脳・世界はいかにつながるかーー』は、そうした見方をきっぱりと退ける。本書の核心にあるのは、直接実在論の徹底した擁護である。私たちの意識は志向性という構造によって、表象を介さず世界そのものに直接開かれている。サールの議論は分析哲学の語法を保ちながらも、現象学、とりわけメルロ=ポンティの知覚論と響き合う。超越論的な問いには踏み込まず、知覚経験の内側からその構造を記述しようとする姿勢に貫かれているからである。この姿勢は、大陸哲学の読者にも馴じみやすい肉感をあたえてくれる。認知科学や人工知能が表象主義を自明の前提とする時代に、サールはあえて異なる道を行く。その知的勇気と志向性研究の集大成としての厚みが、本書最大の売りである。
[原著]Seeing Things as They Are: A Theory of Perception, Oxford Unversity Press, 2015
第1章 お粗末論法ーー数世紀にわたる哲学の大きな誤り
補論A 志向性にかんする理論の概要
補論B 意 識
第2章 知覚経験の志向性
第3章 お粗末論法へのさらなる反論
第4章 知覚の志向性はどのように働くのかーー基礎的特徴・因果性・志向的内容
第5章 知覚の志向性はどのように働くのか・その二ーー高次の特徴に分析を広げる
第6章 選言説
第7章 無意識の知覚
第8章 古典的な知覚の理論
解説